ミスワカナと玉松一郎は、昭和期の漫才史にどんな足跡を残した?天才漫才コンビの波乱万丈な人生とは!?
💡 ミスワカナと玉松一郎は、昭和初期から戦中に活躍した夫婦漫才コンビ。
💡 海原お浜・小浜は、戦後から活躍した女性漫才コンビ。
💡 海原やすよ・ともこは、3代続く芸人一家で、現在も活躍中。
それでは、最初にご紹介するのは、女性漫才師の草分けと全盛時代についてです。
女性漫才師の草分けと全盛時代
女性漫才師の地位向上は、社会全体の女性の地位向上と密接に関わっていると言えるでしょう。
公開日:2021/12/24

✅ M-1グランプリで審査員を務めるオール巨人さんと上沼恵美子が、今年限りで引退することを発表した。
✅ 上沼さんの代役には、審査員としてのキャリア、格、知名度、実績を兼ね備えた人物が必要となるため、ハイヒール・リンゴさんが有力候補として挙げられる。
✅ 上沼さんの辛口コメントはM-1グランプリの大きな魅力の一つであり、来年は誰がどんなコメントをしてくれるのか注目される。
さらに読む ⇒ Smart FLASH/スマフラ光文社週刊誌出典/画像元: https://smart-flash.jp/entame/167585/上沼恵美子さん、オール巨人さんの引退は寂しいですが、新たな伝説が生まれることを期待しています!。
女性漫才師の地位向上を象徴する大会「THEW」が開催され、女性芸人の活躍の場が近年特に広がっている。
ミスワカナや上沼恵美子、山田邦子は女性漫才師の草分け的存在であり、社会における女性の地位向上とともに女性芸人も全盛時代を迎えている。
彼女たちの「自虐ネタ」や「毒舌ネタ」は笑いの定番手法となっている。
いやー、上沼さん、やっぱすごいよな!
悲劇の天才漫才コンビ・ミスワカナ・玉松一郎
ミスワカナと玉松一郎は、戦時中の混乱期にも笑いを届けてきた、まさに伝説の漫才コンビと言えるでしょう。
公開日:2022/07/06

✅ ミス・ワカナと玉松一郎は、昭和初期から戦中に活躍した夫婦漫才コンビで、横山エンタツ・花菱アチャコと並び人気を博しました。
✅ ワカナは幼い頃から芸の世界に入り、玉松一郎は音楽家を志していました。二人は大阪の劇場で出会い、恋に落ちますが、ワカナには許婚がいたため、結婚して一女をもうけます。しかし、その後再会し、駆け落ち同然でコンビを結成しました。
✅ 1940年にワカナは別の男に夢中になり、一郎と離婚しますが、コンビは続けました。しかし、1946年にワカナは心臓発作で急逝。36歳の若すぎる死でした。死因は過労や当時流行していた覚せい剤の服用が原因とされています。
さらに読む ⇒ライターズラボ ★ 知的快感!ポータルサイト出典/画像元: https://writerzlab.com/misuwakana-1943/ミスワカナさんの早すぎる死は本当に残念です。
天才の光と影が交錯した、波瀾万丈な人生だったんですね。
ミスワカナと玉松一郎は男女漫才の型を確立した天才コンビだったが、波乱万丈の生涯を送った。
ミスワカナは14歳で万歳師としてデビューし、女性上位で立て板に水のトークを繰り広げた。
玉松一郎は元々は無声映画の楽士だったが、ミスワカナと恋に落ち漫才の道へ転向。
二人は駆け落ち同然に広島へ行き、ミスワカナの主導で女性上位の漫才を確立した。
しかしその後、玉松一郎が中国で病気になり、ミスワカナはダンサーとして生計を立てた。
玉松一郎は自殺未遂を起こすもミスワカナに救われ帰国したが、貧困と病気に苦しみ、ミスワカナはヒロポン中毒に陥り、玉松一郎は肺結核で亡くなった。
あら、あの頃は、駆け落ちとか多かったのかしら?でも、ワカナさん、綺麗だったんでしょうね。
芸人一家・海原家三代
海原小浜さんは、長年漫才界を牽引してきた偉大な存在です。
ご冥福をお祈りいたします。
公開日:2020/06/18

✅ 女流漫才師の海原小浜が12月24日に死去しました。海原やすよともこの2人は、祖母の死去を報告し、漫才を愛し芸人一筋で頑張って来た海原小浜を応援してくださった皆様への感謝の言葉を述べています。
✅ 海原小浜は1943年に海原お浜とコンビを結成し、女性しゃべくり漫才の中心として一世を風靡しました。毎日放送『千客万来』では、巧みな話術で世代を超えた人気番組としました。
✅ 海原小浜は1967年に第2回OBC上方漫才大賞、1975年には第4回YTV上方お笑い大賞を受賞するなど、漫才界で活躍しました。コンビ解消後は司会、ドラマ、パーソナリティー、講演会など幅広い分野で活躍しました。
さらに読む ⇒映画・エンタメ情報サイトはムビコレ MOVIE Collection出典/画像元: https://www.moviecollection.jp/news/17676/3代続く芸人一家というのは、本当に素晴らしいですね。
海原やすよ・ともこさんも、これからも頑張ってください!。
漫才コンビ「海原やすよ ともこ」は、3代続く芸人一家である。
父親は漫才コンビ「海原かける・めぐる」のかけるで、母親はマジシャンのワンダーのり子。
さらに、父方の祖母は漫才コンビ「海原お浜・小浜」の小浜、paternalな祖父は浪曲師の石川玉若、maternalな祖母はマジシャンのワンダー天勝という芸人一家である。
海原やすよは元プロ野球選手・宮本大輔と、海原ともこは元男闘呼組・前田耕陽と再婚している。
えー、マジ!?海原やすよ・ともこも、3代目とか、スゴすぎやん!
漫才界の功労者・ミスワカナ・玉松一郎
ミスワカナと玉松一郎は、戦後の混乱期にも、人々に希望と笑顔を与えてきた、まさに漫才界の功労者と言えるでしょう。

✅ 藤山直美主演の舞台「おもろい女」は、昭和初期の天才女流漫才師ミス・ワカナの波乱の人生を描いた作品です。
✅ 舞台は戦前・戦後の大阪を舞台とし、ワカナが漫才師として頂点を極める姿と、戦争や薬物依存など彼女を取り巻く厳しい現実が描かれます。
✅ 藤山直美の熱演に加え、田山涼成、山本陽子、渡辺いっけいなど実力派俳優陣の共演も見どころです。
さらに読む ⇒SPICE(スパイス)|エンタメ特化型情報メディア スパイス出典/画像元: https://spice.eplus.jp/articles/211623藤山直美さんの熱演で、ミスワカナの人生が生き生きと描かれているんですね。
ぜひ観に行きたいです!。
ミスワカナと玉松一郎は昭和期に活躍した漫才コンビで、女性上位の漫才やアコーディオンを使った漫才で人気を博した。
二人は1936年頃にコンビを結成し、大阪で人気を博した。
アコーディオンを使った漫才や、ミスワカナのイブニング姿は珍しく、観客から好評を博した。
ミスワカナは1946年、36歳の若さで死去。
玉松一郎は1963年、57歳で死去したが、お笑い界の歴史にその名を残す功労者として殿堂入りしている。
ワカナさん、めっちゃ人気だったんやろな。
海原ともこのプロフィールと家族
海原ともこさんは、漫才だけでなく、様々な分野で活躍されています。

✅ 前田耕陽さんと海原ともこさんが夫婦で共演を果たしました。
✅ 今回の共演は「最初で最後」となる可能性があるとのことです。
✅ これまで夫婦での共演は避けてきた経緯があり、今回の共演はファンにとって特別なものです。
さらに読む ⇒スポニチ Sponichi Annex出典/画像元: https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2022/12/16/gazo/20221216s00041000203000p.html夫婦での共演は、ファンにとって本当に貴重な機会ですね。
海原ともこは、大阪府寝屋川市出身で、本名・前田智子(旧姓:梅本)。
寝屋川市立友呂岐中学校、淀之水高等学校(現・昇陽高等学校)を卒業している。
子供の頃から妹のやすよと漫才を披露し、1992年にコンビを結成してプロの漫才師として活動を開始した。
現在は関西を拠点に活躍しており、ギャル風のファッションセンスでも知られる。
夫は元男闘呼組の前田耕陽で、長男を出産している。
あら、ともこさん、結婚してたんだったかしら?
今回の記事では、昭和期の女性漫才師たちの活躍と、現代の女性漫才師たちの活躍、そして芸人一家である海原家の歴史についてご紹介しました。
💡 ミスワカナと玉松一郎は、戦時中の混乱期にも笑いを届けてきた伝説の夫婦漫才コンビ。
💡 海原お浜・小浜は、戦後から活躍した女性漫才コンビで、海原やすよ・ともこの祖母にあたる。
💡 海原やすよ・ともこは、3代続く芸人一家で、現在も関西を拠点に活躍中。