Academic Box Logo Menu opener

初代タイガーマスクの伝説:佐山サトルがプロレスの歴史に刻んだ足跡

ライターのYUKOです。初代タイガーマスクの伝説について、その足跡を辿って紹介します。

タイガーマスクの継承者

初代タイガーマスクの弟子が名乗ったマスクは?

スーパー・タイガー

初代タイガーマスクである佐山サトルは、プロレスラーとして活躍するだけでなく、後進の育成にも力を注ぎました。

彼の弟子の一人に「スーパー・タイガー」を名乗るレスラーがおり、初代タイガーマスクからその名を受け継ぎました。

スーパー・タイガーは初代タイガーマスクがかつて旧UWF時代に名乗っていたリングネームで、初代タイガーマスクの格闘スタイルを受け継いだレスラーとして知られています。

詳しくみる ⇒参照元: 所属選手スタッフ紹介

初代タイガーマスクの軌跡

初代タイガーマスクを有名にした技は?

四次元殺法

1981年に新日本プロレスに登場した初代タイガーマスクは、ダイナマイト・キッドとの鮮烈なデビュー戦で一躍プロレス界のヒーローに。

得意の「四次元殺法」でジュニア・ヘビー級戦線で活躍し、日本にプロレスブームを巻き起こした。

しかし、1983年に引退を表明し、マスクを脱いで佐山サトルの素顔を公表。

その後、2代目三沢光晴、3代目金本浩二を経て、現在では初代の指導を受けた4代目がタイガーマスクの称号と意思を受け継いでいる。

佐山はその後、ザ・タイガー、スーパー・タイガーとして新たな道を模索し、2005年のリアルジャパンプロレス旗揚げ以後は再び初代タイガーマスクとして活躍している。

詳しくみる ⇒参照元: 初代タイガーマスクの30年を振り返る 佐山サトルが歩んだプロ...

初代タイガーマスクの夢の実現

初代タイガーマスクが実現させた夢のカードとは?

三沢光晴とのタイガー対決

2005年6月にリアルジャパンプロレスを旗揚げした初代タイガーマスクは、第四期としてリングネームを初代タイガーに戻し、かつての常勝選手ではなくなったものの、鈴木みのるや高山善廣らとの新しいライバルと闘い、プロレス界に残された夢のカードを次々と実現させている。

中でも記憶に新しいのは、2008年12月に後楽園ホールで行われた故・三沢光晴さんとの“タイガー対決”だ。

初代の魂を受け継ぐ選手たちが登場し、プロレスを本来の姿に戻すという天才レスラーの言葉を信じて、その闘いぶりに注目が集まっている。

詳しくみる ⇒参照元: 初代タイガーマスクの30年を振り返る 佐山サトルが歩んだプロ...

タイガーマスク第三期:初対決とリングネーム遍歴

タイガーマスクの第三期には、誰と初対戦したのか?

アントニオ猪木

1995年12月の「猪木まつり」で初代タイガーマスクを復活させて以降の約10年間がタイガーマスクの「第三期」と呼ばれ、この期間にアントニオ猪木やザ・コブラとの初対決が実現しています。

また、新日本プロレスに参戦した際には「超本格的に復帰したい」という理由からタイガーキングに改名し、みちのくプロレスではサトル・サヤマの名前で闘ったり、掣圏道ではザ・マスク・オブ・タイガーを名乗ったりと、リングネームが定まらなかったのもこの時期の特徴です。

詳しくみる ⇒参照元: 初代タイガーマスクの30年を振り返る 佐山サトルが歩んだプロ...

タイガーマスクの誕生と初代デビュー戦

初代タイガーマスクのデビュー戦の対戦相手は誰ですか?

ダイナマイト・キッド

タイガーマスクは、アニメ「タイガーマスク二世」のタイアップ企画として誕生した覆面レスラーです。

初代タイガーマスクは、1981年4月23日に新日本プロレス蔵前国技館大会でデビューし、対戦相手はダイナマイト・キッドでした。

梶原一騎の要望により、リングアナウンサーのコールに「二世」が付けられませんでしたが、梶原からの抗議はありませんでした。

初代タイガーマスクは、独自の空中殺法で人気を博し、一大プロレスブームを巻き起こしました。

現在は主に初代タイガーマスクのリングネームで活動しています。

詳しくみる ⇒参照元: タイガーマスク (プロレスラー)