矢野顕子「春咲小紅」はなぜ伝説の曲になったのか?音楽への情熱と葛藤とは!?
💡 矢野顕子は、音楽への情熱を持ちながらも、商業的な成功よりも音楽性を追求してきた。
💡 「春咲小紅」は、カネボウのCMソングとして大ヒットし、矢野顕子の知名度を全国区にした。
💡 矢野顕子は、音楽活動を通して、様々なアーティストとコラボレーションし、新しい音楽を生み出してきた。
それでは、Chapter-1、矢野顕子の音楽への情熱と葛藤について詳しく見ていきましょう。
音楽への情熱と葛藤
矢野顕子さんの音楽は、本当に素晴らしいですね。
✅ 矢野顕子の代表曲「春咲小紅」は、1981年にカネボウ化粧品のCMソングとしてリリースされ、オリコンチャート5位を記録するなど、彼女の知名度を一気に全国区にしたヒット曲である。
✅ 彼女は、3歳からクラシックピアノを習い、10代でジャズに触れるなど、音楽に強い情熱を持っており、デビュー前から実力派として注目されていた。
✅ しかし、彼女は売れることよりも、自身の音楽性を追求することに重きを置いており、商業的な成功よりも音楽的な質を重視する姿勢を貫いている。
さらに読む ⇒TAP the POP出典/画像元: https://www.tapthepop.net/imanouta/59796矢野顕子さんは、自分の音楽に対するこだわりが強いんですね。
1976年、21歳の矢野顕子は、Little Featをバックバンドに迎え、ロサンゼルスでデビューアルバム『ジャパニーズ・ガール』をレコーディングしました。
Little Featのローウェル・ジョージは矢野の才能に驚き、ギャラを辞退したという逸話も。
矢野顕子は、3歳からクラシックピアノを学び、小学6年生でジャズに目覚めたという音楽一家出身で、高校時代には青山学院に入学しますが、軽音楽部への熱意が冷め、ジャズ喫茶でのバイトに明け暮れ、中退します。
その後、ザリバというバンドを解散し、ソロデビューを果たしました。
デビュー当初は売れることよりも「自分自身の音楽を創る」ことにこだわっていましたが、1981年にリリースされた5thシングル「春咲小紅」がカネボウの春のキャンペーンソングとして大ヒットした際には、シングルは売れてもアルバムはイマイチ売れなかったことに、商売と音楽の両立の難しさを感じたことを語っています。
矢野顕子は、「ファンをひきつけることは商売としては大切だけど、良質な音楽を作ろうとする場合はマイナス」と発言しており、一貫して音楽に対する強いこだわりを持ち続けていることがわかります。
そうやね、音楽に対する情熱が伝わってくるよ。
「春咲小紅」誕生秘話
矢野顕子さんの「春咲小紅」は、今でも人気の曲ですよね。
✅ 矢野顕子の1981年リリースのEP「春咲小紅/在広東少年」が、ヤフオク!に出品されています。
✅ このEPは、糸井重里作詞、YMO編曲、坂本龍一共同プロデュースという豪華な制作陣で知られています。
✅ 出品価格は380円で、オークションは2024年5月23日20時35分に終了予定です。
さらに読む ⇒Japamart: Auction, Shopping & Forwarding service from Japan-Anime,Games,Electronics,Toys,Apparels, car and motorcycle parts出典/画像元: https://japamart.com/yahoo_auction/item_yahoo_auction.php?itemcode=q435607000糸井重里さん、YMO、坂本龍一さんという豪華な制作陣ですね。
「春咲小紅」は、1981年2月にリリースされた矢野顕子の5thシングルで、カネボウの春のキャンペーンソングとして大ヒットしました。
作詞は糸井重里、作曲は矢野顕子自身、編曲はYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の別名であるymoymoが担当しました。
ジャケットはYMO、大瀧詠一、山下達郎などのジャケットを手掛けたアートディレクター奥村靫正が担当しました。
「春咲小紅」は、矢野顕子とYMOの関係を語る上で重要な曲です。
矢野顕子は1977年よりYMOのサポートメンバーとして活躍しており、そこで後に夫となる坂本龍一と出会いました。
1981年5月にリリースされた矢野顕子の5枚目となるオリジナルアルバム「ただいま」は、坂本龍一がプロデューサーを務め、糸井重里、大貫妙子、ピーター・バラカン、細野晴臣、高橋幸宏など、豪華なアーティストが参加しています。
このアルバムは矢野顕子とYMOの深い繋がりを示しています。
「春咲小紅」の歌詞は糸井重里が書き、春の訪れと新しい始まりの喜びを歌っています。
歌詞の解釈は様々ですが、青春の淡い恋心や、未来への希望を表現しているとも考えられます。
「春咲小紅」は、豪華なメンバーによって作られ、演奏された、矢野顕子の代表曲の一つと言えるでしょう。
糸井重里って、あの糸井重里か?昔、CMでよく見たわー。
デビュー45周年記念アルバム「音楽はおくりもの」
デビュー45周年おめでとうございます!。
✅ 矢野顕子はソロデビュー45周年を迎え、ニューアルバム「音楽はおくりもの」をリリースしました。
✅ アルバムにはMISIAがコーラスで参加した表題曲や糸井重里が作詞を手がけた楽曲、アニメ主題歌、石川さゆりのカバーなど、バラエティ豊かな楽曲が収録されています。
✅ 音楽ナタリーでは、矢野顕子の魅力を掘り下げる企画を実施し、36名の著名人からコメントを寄せてもらいました。
さらに読む ⇒ナタリー - ポップカルチャーのニュースサイト出典/画像元: https://natalie.mu/music/pp/yanoakiko05MISIAさんとのコラボレーションも楽しみですね。
矢野顕子は、2021年8月25日に最新アルバム「音楽はおくりもの」をリリースしました。
デビュー45周年を記念した本作は、新曲に加え、コロナ禍のNYと日本を繋いだリモート制作の「愛を告げる小鳥」、アニメ主題歌の「大家さんと僕」、カバー曲など全10曲を収録しています。
林立夫、小原礼、佐橋佳幸ら盟友とのバンド編成で制作されました。
初回盤には、2020年12月の「さとがえるコンサート2020」のライブ映像を収録したBlu-rayが付属しています。
矢野顕子は、本作について「辞世の句」と表現し、ポップソングを作り続けられる喜びと仲間への感謝を語っています。
45周年ってすごい!これからも頑張ってほしいわー。
多岐にわたる活動
矢野顕子さんは、本当に幅広い活動をしていますね。
✅ 矢野顕子とレイ・ハラカミによるユニット「yanokami」の1stアルバム「yanokami」の英語バージョンが2008年3月12日に発売される。
✅ アルバムには新曲1曲と、1stアルバム収録の5曲を英語詞で再録音したものが収録されている。
✅ ボーナストラックとして、恵比寿リキッドルームでのライブ音源であるくるりの「ばらの花」のカバーが収録されている。
さらに読む ⇒ヤマハミュージックコミュニケーションズ公式サイト出典/画像元: https://www.yamahamusic.co.jp/s/ymc/discography/464?ima=0000&link=ROBO004色々なジャンルのアーティストとコラボレーションしているのがすごいですね。
矢野顕子は、YMOとの共演など幅広い活動を行っている歌手です。
reiharakamiとのユニット「yanokami」、森山良子とのユニット「やもり」など、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションも多数。
2020年には三味線奏者の上妻宏光とのユニット「やのとあがつま」を結成し、アルバム「AsteroidandButterfly」をリリース。
宇宙飛行士の野口聡一氏との対談による書籍「宇宙に行くことは地球を知ること」も出版。
2021年7月にはソロデビュー45周年を迎えました。
うん、矢野顕子さんは、音楽以外にも色々なことに興味があるんだね。
「さとがえるコンサート2016」
年末恒例のツアー、今年も盛り上がりましたね。
✅ 矢野顕子が年末恒例のツアー「さとがえるコンサート2016 矢野顕子+TIN PAN」を開催。
✅ 今年のツアーは、細野晴臣、林立夫、鈴木茂の3人から成るTIN PANとのバンド編成で、矢野のソロ楽曲に加え、Tin Pan関連の楽曲も数多く演奏された。
✅ 昔馴染みの仲間たちとの和やかなやり取りや、新曲「野球が好きだ」など、世代を超えて楽しめる内容となっている。
さらに読む ⇒リアルサウンド|音楽、映画・ドラマ、エンタメ×テック、書籍のカルチャーサイト出典/画像元: https://realsound.jp/2016/12/post-10746.html矢野顕子さんとTIN PANの組み合わせ、最高ですね。
「矢野顕子40thAnniversary「さとがえるコンサート2016矢野顕子+TINPAN」」12月18日公演は、矢野顕子とTINPAN(鈴木茂、細野晴臣、林立夫)が繰り広げる日本のポピュラーミュージック史を凝縮した2時間強のステージだった。
はっぴいえんどの「暗闇坂むささび変化」「12月の雨の日」「抱きしめたい」や、細野晴臣の「香港Blues」「RoochooGumbo」「ろっかばいまいべいびい」、鈴木茂の「100ワットの恋人」、小坂忠の「ほうろう」など、矢野顕子のキャリアを総括するかのような選曲が披露された。
さらに、くるりの岸田繁がゲスト出演し、「PRESTO」「Rememberme」「東京」を演奏。
矢野顕子は、はっぴいえんどとくるりという日本のポピュラーミュージック史において重要な位置を占める両者のミッシングリンクとなっていることを示した。
矢野顕子とTINPANは、デビュー時から親密な関係であり、長年の信頼関係が築かれている。
その信頼関係が、リラックスした雰囲気の中、音と音で会話するような親密なアンサンブルを生み出した。
過去の名曲が懐メロに聞こえない、常に現在が最高と言えるような、瑞々しく響く演奏は、矢野顕子とTINPANが常に自らを更新し続けていることを証明していた。
TIN PANって懐かしいなぁ。昔、よく聴いてたわ。
矢野顕子は、音楽への情熱と、自身の音楽性を追求する姿勢を貫き、多くのファンを魅了してきました。
これからも、彼女の音楽から目が離せません。
💡 矢野顕子は、音楽への情熱を持ちながらも、商業的な成功よりも音楽性を追求してきた。
💡 矢野顕子は、様々なアーティストとのコラボレーションを通して、新しい音楽を生み出してきた。
💡 矢野顕子は、45周年を迎え、これからも音楽活動を続けていく。