Academic Box Logo Menu opener

『どもる体』は、吃音の当事者と医療者の対話から生まれた、新しい身体論?とは!?

『どもる体』は、吃音の当事者と医療者の対話から生まれた、新しい身体論?とは!?
📘 この記事で分かる事!

💡 吃音の当事者の経験から生まれた新しい身体論が紹介されます。

💡 現代の医療の限界と、その先に生まれる新たな視点を紹介します。

💡 医療者と患者が共に歩む新しい関係性を築くヒントが得られます。

では、第一章に進んでいきましょう。

医療の限界と新たな視点

吃音の当事者である伊藤亜紗氏の研究は、まさに「身体の限界を超えた視点」と言えるのではないでしょうか。

どもる体とシンクロする心(伊藤亜紗,尾藤誠司)
どもる体とシンクロする心(伊藤亜紗,尾藤誠司)

✅ 本書は、従来の医学的・心理的アプローチとは異なる視点から身体や障害に向き合う伊藤亜紗氏の研究が、プライマリ・ケア医である尾藤誠司氏に「臨床医としての次のステージ」へのヒントを与えたことを示している。

✅ 尾藤氏は、現代のヘルスケアは「病気を治す」という従来のパラダイムでは解決できない問題が増加しており、高齢化社会における「正常への回帰」や、検査では異常が見られないにもかかわらず「やまい」を抱えている患者の増加を挙げている。

✅ 特に、プライマリ・ケア医は、患者を「情報化」し、治療を進めるという従来の手段では対応できないケースも多く、尾藤氏は「できないところはできないなりに、できるところはできるなりに」というスタンスで患者と向き合っている。本書『どもる体』は、そのような状況下で、患者の「ナマ」の状態を受け止め、「ノる」という概念を導入することで、新しい医療の可能性を示唆している。

さらに読む ⇒Home | 医学書院Home | 医学書院出典/画像元: https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2018/PA03298_01

従来の医学的・心理的な枠組みでは理解できない「ノる」という現象は、私たちに身体と心の複雑な関係について考えさせられますね。

伊藤亜紗氏と尾藤誠司氏による対談は、医療の限界と吃音の当事者の経験から得られる新たな視点について議論しています。尾藤氏はプライマリ・ケア医として、従来の「治す」医療だけでは対応できない患者の増加に直面し、その限界を感じています。伊藤氏は、吃音の当事者を長年観察し、身体の機能を超えた「ノる」という現象に着目し、従来の医学的・心理的な枠組みを超えた理解の必要性を提示しています。特に、吃音の当事者が特定のパターンに「ノる」ことでスムーズに話せるようになる一方で、そのパターンに「乗っ取られる」というジレンマが語られています。この対談を通して、医療の「どん詰まり」を打破する新たな視点を獲得し、医療者と患者双方にとってより良い関係を築くためのヒントが得られることを目指しています。

なるほどね。俺も昔は、体のことなんて何も考えてなかったけど、こうやって話を聞くと、体ってすごいもんやね。

障害と生きる意味

障害を持つことの苦悩と、その中で生きる喜びを力強く表現しています。

体にだって言い分はある
体にだって言い分はある

✅ この記事は、自分の体に対する不満や不安を持つ人に向けて、体を受け入れ、その中で人生を楽しむことを促す内容です。

✅ 具体的には、体の「思い通りにならないこと」をネガティブではなく、むしろ「思いがけないこと」として捉え、そこから生まれる発見やスリルを楽しむことを提唱しています。

✅ また、すべてが思い通りになる世界はつまらないと指摘し、偶然や想定外の出来事が人生を豊かにする要素であると主張しています。

さらに読む ⇒webちくまwebちくま出典/画像元: https://www.webchikuma.jp/articles/-/2546

障害を受け入れ、人生を楽しむことを提唱する点は、とても前向きで勇気づけられます。

伊藤亜紗氏の『記憶する体』をはじめとする一連の著書は、障害者の身体論を通して、生の意味やアイデンティティを探求しています。吃音障害者に対する薬物治療の例から、障害者にとって、障害との格闘こそが生きる意味と不可分であることを示しています。作者は、自身の吃音や陸上部経験から、身体論や障害者論を深く考察し、明快な理論的分析・考察を展開しています。その経験に基づいた深い洞察は、読者に強い説得力を持っています。

あら、この子は若いのに、よくわかっとるわね。体なんて、元から不完全なんよ。ええ加減にせなあかんのよ。

対談の意義

今後の在宅医療において、医療者と患者、そして家族がどのように連携していくかが重要な課題となります。

巻頭対談 新田 國夫 医師 × 守上 佳樹 医師】終末期がん患者の在宅医療を考える~地域・行政を巻き込んだ在宅医療の重要性

公開日:2024/02/21

巻頭対談 新田 國夫 医師 × 守上 佳樹 医師】終末期がん患者の在宅医療を考える~地域・行政を巻き込んだ在宅医療の重要性

✅ 2025年問題が迫る中、在宅医療の重要性が高まっている。多くの患者が自宅で最期を迎えたいと考えている一方で、実際は病院で亡くなる人が多く、その原因として家族の不在や支援体制の不足などが挙げられる。

✅ 高齢化社会においては、高齢者の生活を維持するための支援体制の構築が不可欠であり、必要な介護を適切に行うとともに、患者と家族をサポートするチーム医療やチームケアの重要性が指摘されている。

✅ 在宅医療の普及には、多職種連携や地域全体の協力、信頼関係に基づいた連携が不可欠である。地域規模が小さくても、在宅医療計画を推進し、高齢者対策を進めるための体制構築が求められている。

さらに読む ⇒ 医療新聞DIGITAL 医療新聞DIGITAL出典/画像元: https://www.jmnn.jp/archives/1236769

多職種連携や地域全体の協力によって、より良い在宅医療の体制が構築されていくことを期待しています。

対談を通して、医療の「どん詰まり」を打破する新たな視点を獲得し、医療者と患者双方にとってより良い関係を築くためのヒントが得られます。

高齢化社会やけん、在宅医療って大事やんな。でも、家族だけで世話するのって、ホンマに大変やんな。

今回の記事では、吃音という障害を通して、身体と心の複雑な関係や、人生の喜びを再発見するヒントが得られました。

🚩 結論!

💡 吃音は、単なる言葉の障害ではなく、身体と心の深い関係を表す現象である。

💡 障害を受け入れ、その中で生きる喜びを見つけることは、人生を豊かにする。

💡 医療者と患者、そして家族が協力することで、より良い在宅医療の体制が構築できる。