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キリストの顔の復元に迫る:謎に包まれたイエス・キリストの最期の日々 写真と画像16点

こんにちは、ライターのYUKOです。今回は、キリストの顔の復元に迫る内容をご紹介します。

キリスト像の髭の謎

髭を蓄えたキリスト像が定着したのはなぜ?

王者の威厳と知性の象徴

4世紀頃、キリスト教がローマの国教に認定された影響で、キリスト像に髭が生えるようになります。

ギリシア・ローマ文化では髭が「王者の威厳」や「知性の風格」の象徴とされていたため、キリスト教を「王者の宗教」にふさわしく見せるために髭が取り入れられたと考えられています。

一方、王権との結びつきを嫌う人々は、あくまで「天上の王」としてのキリストを描き、髭の有無にはこだわっていませんでした。

詳しくみる ⇒参照元: 【絵画】イエス・キリストの顔はどう変化したか

キリスト像の変遷

歴史上、キリスト像に髭があった時代はいつ頃からか?

1164年以降

西ヨーロッパでは6世紀頃にキリストの顔が現在のイメージに固まり始める。

一方、東方教会では12世紀頃までは髭のないキリストが描かれることが多かった。

その後、12世紀以降は地域の人の顔に寄せることはあるものの、ほとんどが現在のイメージに近い顔で描かれるようになる。

なお、エチオピアでは現在でもアフロヘアーのキリストが描かれる。

詳しくみる ⇒参照元: 【絵画】イエス・キリストの顔はどう変化したか

最古のキリスト像の姿

キリストが最古の絵でどのように描かれていたか?

哲学者

最古のキリストの絵である2世紀頃のドゥラ・エウロパスの絵では、キリストはローマの哲学者の服装で描かれている。

この頃にはキリストの物語が重視され、絵が必須となっていた。

また、3世紀頃のローマのカタコンベの絵では、キリストは鶏と一緒に描かれ、神々しさはなく、一般人風に描かれている。

詳しくみる ⇒参照元: 【絵画】イエス・キリストの顔はどう変化したか

イエスの裁判の期間

イエスの裁判はどれくらいの期間で行われたか?

不明

イエスの裁判の正確な期間は不明だが、数日から数週間続いた可能性がある。

福音書の中には、裁判が短期間で起こったと記載されているものもあるが、実際にはより長い期間にわたった可能性を示唆する学者もいる。

詳しくみる ⇒参照元: 謎に包まれたイエス・キリストの最期の日々 写真と画像16点

聖骸布の謎

この布にはどのような特徴があるのか?

腐敗の跡がない

聖骸布は、数日しか墓にいなかったイエスを包んでいた上等な亜麻布とされる。

この布には腐敗の跡がないため、イエスは布から離れたと考えられている。

しかし、聖骸布の真偽については、聖書での言及のなさ、埋葬慣習への反発、複雑な織り方、白人の顔立ち、血痕の付き方などから偽物説も唱えられている。

1988年の放射性炭素年代測定では、中世の布であることが判明し、テンプル騎士団の埋葬布との説もある。

詳しくみる ⇒参照元: 聖骸布

イエスの尋問と死刑宣告

イエス・キリストは尋問中、カイアファに何と答えたか?

そうです

尋問の際、カイアファはイエスに直接「お前は救世主なのか?

」と尋ねました。

イエスは「そうです」と答え、旧約聖書の詩篇とダニエル書を引用して、「あなたたちは人の子(イエス)が『力』の右に座り、『天の雲とともに来る』のを見るであろう」と述べました。

このイエスの回答は、自分が神の子、つまりメシアであることを認めるものでした。

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聖骸布:キリストの遺体を包んだとされる布

布の上に転写された男性像の正体とは?

イエス・キリスト

聖骸布は、イエス・キリストの遺体を包んだとされる布で、その上に痩せた男性の全身像がネガ状に転写されています。

この像は、キリストの受難と復活の証とされています。

聖骸布の調査では、像の血痕が人間のものでAB型であることが判明しています。

像は布に縦に二つ折りにして包まれ、頭部、手首、足、脇腹部分に血痕が残っています。

聖骸布は、火災により一部損傷を受けましたが、1978年の調査で血痕が人間のものであることが証明され、2002年に損傷部分の修復が行われました。

詳しくみる ⇒参照元: 聖骸布