【衝撃】1961年に海で発見された少女…生き延びた少女が語った真相が怖すぎる…
信じられない出来事
世界では時に、私たちが信じられないような出来事が起きていますよね。
今回は、1961年に海で発見された少女のエピソードを紹介します。生き延びた少女が語った真相が怖すぎました‥
家族でブルーベル号へ
1961年11月8日、ヂュペラルト一家は元空軍中佐でヨットの操縦者として夫のハーヴェイ、助手として妻のメアリー、長男で14歳のブライアン、長女で11歳のテリー、次女で7歳のレリーの5人で、ブルーベル号に乗り込んでバハマを目指して船旅へ。
でもこの家族の船が、バハマに到着することはありませんでした。出航して6日後‥
海に浮かぶ救命ボート
ブルーベル号が出航して6日後、11月13日にプエルトリコへ向かっていたタンカーの乗組員が、海に浮かぶ救命ボートを発見しました。
そこには操縦者のハーヴェイが助けを求めて、手を振っていたのです。無事に救助された彼の話によると‥
火の手が上がった
彼の話によると、突然船で原因不明の火の手が上がって、家族を助ける余裕がなく、自分1人生き延びるのが精一杯だったとのこと。
そしてボートの上でヨットが沈むのを呆然と眺めていると、次女のレニーが浮かんできてどうにかしようとしたけど、すでに手遅れだったことを語りました。
その後、ハーヴェイは‥
海上保安員の尋問
ハーヴェイは海上保安員に尋問されましたが、彼には特に怪しいところはありませんでした。
もともと地元でも有名な男性だったため、ハーヴェイが故意にヨットを沈めたとは考えにくかったため、彼は解放されました。
その3日後、事態は急変します。
海に漂うイカダ
引用:https://www.youtube.com/watch?v=Fe0HGpLay4E
11月16日、ヒューストンへ向かっていた貨物船の乗組員が海に漂うイカダを発見しました。
そのイカダに乗っていたのは、なんと長女のテリーだったのです。救助された彼女はヘリコプターで病院に搬送されて一命はとりとめたものに、あまりにも衰弱がひどくて話せる状況ではありませんでした。
長女救出の知らせを受けたハーヴェイは‥
「oh my God!」
ハーヴェイはテリー救出の知らせを受けると、なぜか「oh my God!」を呟いたのです。
そしてその言葉を取り繕うかのように、『Isn’t that wonderful!(そりゃあ、とっても素晴らしいことだ!)』と慌てて付け足しました。
奇跡のような出来事に動揺したのかと思いきや‥
翌日、自殺
そして翌朝、ハーヴェイは「もう疲れた。これ以上耐えられない」という遺書を残して自殺しました。
最愛の娘が発見されたのに、なぜ?
その後、救出されたテリーの証言で恐ろしい真相が明らかになったのです。それは‥
ハーヴェイが家族を殺害
引用:https://www.youtube.com/watch?v=Fe0HGpLay4E
「兄であるブライアンの悲鳴で目が覚めると、隣の部屋で兄と母が倒れてた。驚いてデッキに上がると、ハーヴェイに突き落とされた。しばらくしてヨットが沈んでいくのに気づいて、周囲を見たらハーヴェイは1人で救命ボートで脱出していた。それでみつからないように、イカダで脱出した」
なんとヨットの事故と見せかけて、ハーヴェイが家族を殺害していたのです。そしてテリーはとっさの機転で、運よく助かったのでした。
犯行の理由
警察の捜査によって、ハーヴェイの妻のメアリーには多額の保険金がかけられていました。
まさその後の調査で、ハーヴェイはメアリーとは再婚で、前妻も死亡しており彼女にも多額の保険金がかけられていました。
結局、犯人であるハーヴェイは死亡しているので、真相はわからないままです。
この事件は‥
書籍化
引用:https://www.youtube.com/watch?v=Fe0HGpLay4E
この事件を元にした本が、2010年に出版されています。また、1人生き残ったテリーは、自身の回復の過程を綴った本も出版しています。
そして現在は、悲劇によってダメージを受けた人たちを救う活動をしています。
ネットの反応
「お金は人生を狂わすということがよくわかった」
「悲しかな、悲惨な体験をした人ほど強くなるんだな」
「実の親の犯行を目の当たりにするなんて、耐えられない」
「大海原で1人漂って、助かったことも奇跡だよね」
「殺された家族が助けてくれたのかもね」
いかがでしたか?まさかこんな事件が起きるなんて、本当にゾッとしますよね。
<参照元サイト>
引用:https://www.youtube.com/watch?v=Fe0HGpLay4E